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大阪高等裁判所 昭和27年(ネ)532号 判決

控訴人(附帯被控訴人以下単に控訴人と略称する)代理人は控訴に付「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す、被控訴人の請求は之を棄却する、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との趣旨の判決を、附帯控訴に付「本件附帯控訴を棄却する、附帯控訴費用は附帯控訴人の負担とする」との趣旨の判決を求め、被控訴人(附帯控訴人以下単に被控訴人と略称する)代理人は控訴に付「本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人の負担とする」との趣旨の判決を、附帯控訴に付「原判決中被控訴人敗訴の部分を取消す、控訴人は被控訴人に対し金三十五万円及之に対する昭和二十六年一月七日より右完済に至る迄年五分の割合の金員を支払え、控訴人は被控訴人に対し大阪朝日新聞、大阪毎日新聞、産業経済新聞に別紙謝罪広告を掲載せよ」との趣旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は控訴代理人に於て被控訴人主張の新聞記事は新聞社の責任で控訴人の責任ではないと述べ<立証省略>た外原判決事実摘示と同一に茲に之を引用する。

三、理  由

被控訴人が計理士であること、控訴人が昭和二十四年八月十九日午後二時十分頃大阪市大淀警察署西門玄関前で被控訴人に出会ひ被控訴人を警察官に引渡したこと、被控訴人に対し其の主張のような詐欺罪の嫌疑により勾留状が発せられ警察署及検察庁に於て右被疑事実に付取調が行はれたこと、大阪毎日新聞紙上に被控訴人主張の事件に関する記事が掲載されたこと、及び真犯人が其の後検挙されたことは当事者間に争のない事実である。

而して右争のない事実に成立に争のない甲第一号証、原審に於ける証人水野正男、藤田昇(第一、二回)梅田伸一、小野与一、川辺由紀子の各証言、控訴人及び被控訴人各本人の供述、当審に於ける証人藤田昇の証言を綜合すれば控訴人は昭和二十四年五月七、八日頃大阪市北区小松原町に於て喫茶店を経営して居た処同日同喫茶店を訪れた進駐軍の通訳と自称する男より「サントニン」であると欺かれて「ナンバ粉」を売付けられ其の代金名下に金十一万円を詐取されたことがあつたが控訴人は之が口惜しくて堪らず其の後右犯人を極力捜索中偶々同年八月十九日大阪市梅田阪急百貨店附近の道路上で所用のため大淀税務署に出頭すべく同所を通りかかつた被控訴人に出会つた際被控訴人が一見右の詐欺犯人に酷似するところより控訴人は即座に被控訴人を右の犯人と誤信して尾行し被控訴人が大淀警察署西門玄関前に差蒐つたとき突如其の面前に立塞がり「一寸待て」と言うなり被控訴人着用の「ズボン」の「バンド」を掴み被控訴人の弁解にも耳を藉さず折柄同警察署より現れた村上鉄次警部補に対し被控訴人を前記詐欺の犯人であると申告し其の取調方を要求し因て同警察官は被害者である控訴人の告訴に基き被控訴人を右詐欺罪の被疑者として即時緊急逮捕し続いて被控訴人は同署警察官より逮捕状を請求され更に同月二十一日勾留状の執行を受け前後二十二日間に亘る身柄拘束による取調を受けた後同年九月九日検察官の不起訴処分により釈放されたこと、同年九月八日附大阪毎日新聞紙上に右犯罪の概要及前記経過により被控訴人が之に関し嫌疑を受け勾留されたことが報道され且新刑事訴訟法の下に於ては真犯人も証拠がなければ起訴出来ぬ旨の記事が掲載されたこと、及び其の後昭和二十五年十一月二十八日に至り右詐欺の真犯人である服部祐次及び其の共犯の橋本信次の両名が兵庫県芦屋市警察署員により検挙せられこゝに於て初めて被控訴人に対する右犯罪の嫌疑が霽れたことを各認めることが出来、他に該認定を動かすに足る証拠はない。

然らば被控訴人が控訴人により詐欺犯人として警察官に引渡され前記犯罪の嫌疑の下に長期間に亘る身柄の柄束を受け且右のような新聞記事が掲載されたことにより被控訴人の名誉及び信用が著しく毀損されたことは論を俟たないところである。

そこで右被控訴人の名誉侵害につき控訴人に過失の責があるかどうかに付按ずるに被控訴人が逮捕されるに至つたのは控訴人が被控訴人を右詐欺の犯人と誤信して警察官に対し其の被害者として被控訴人を告訴し且引渡したことに基くことは前記認定の通りである。而して昭和二十四年八月三十一日被控訴人及び控訴人が検察官の前で対決し、控訴人が検察官より被控訴人の洋服、帽子、靴等を示された際それ等は犯人が犯行当時着用して居たものである旨述べたことは当事者間に争のない事実であつて右争のない事実に原審証人藤田昇(第一、二回)、同梅田伸一の各証言を綜合すれば其の後被控訴人が勾留状を執行せられ長期間に亘る身柄の拘束を受けるに至つたのは主として控訴人が右詐欺の被害者として警察官並に検察官に対し終始被控訴人が右詐欺の真犯人であることに相違ない旨断定し且検察官より被控訴人の洋服、帽子、靴等を示された際もこれ等は何れも右犯人が犯行当時着用して居たものに相違ない旨断定的な陳述をしたことに基因することが認められる。

依て控訴人の以上のような行為につさ控訴人には何等過失の責むべきものが無いものかどうかを検討するに被控訴人が一見右詐欺犯人に酷似して居ることは前示認定の通りであるが凡そ基本的人権の尊重を基調とする我国現在の法制の下に於ては苟も他人に犯罪特に非現行犯の嫌疑をかけるには須らく冷静且周到な注意を用いて犯人の年齢、体格、容貌、服装其の他に付顕著な特徴を十分に把握し其の他人が犯人であることの確証のある場合に限り敢て為し得るところであり、仮令其の他人が単に一見犯人の風貌に酷似するところがあつても之のみによつてその他人を犯人であると即断するが如きは軽卒の譏を免れないものと謂はねばならない。今本件に付之を観るに、原審証人水野正男の証言によれば右詐欺罪の真犯人として検挙された服部祐次は年齢三十九才で顔色は普通、寧ろ痩せ型で被控訴人とは顔色も年齢も差異あり以前より右服部を熟知する者としては右服部が被控訴人と酷似するとは思はれない状態であることが認められる。然るに原審に於ける被控訴人及び控訴人各本人の供述により明かな如く被控訴人は控訴人とは以前二、三回控訴人経営の喫茶店に客として来訪したことのある程度の面識に過ぎず又右犯人服部とは同人が犯行直前一度進駐軍物資を世話すると称し控訴人方を来訪したことのある程度の面識で控訴人は右両名の孰れとも熟知の間柄ではなく只犯行当時の犯人の風貌についての記憶に基き而も犯行の時より三ケ月以上経過した後に被控訴人に出会い被控訴人が単に一見右犯人に酷似して居るとの直感により即座に之を右の犯人と誤信し他にその同一性を確認するに足る客観的に首肯すべき根拠もないのに拘らず即時被控訴人を右の犯人として警察官に引渡したのであるから仮令控訴人が十一万円の多額の金員を詐取された後とは言へ軽卒の非難は到底免れ難くこの点に於て控訴人は第一の過失を犯したものと謂はねばならない。次に原審並に当審(第一回)に於ける控訴人本人の供述により明かな如く其の後被控訴人に対し右犯罪の嫌疑により警察署及検察庁に於て関係人の取調が行はれ其の結果控訴人は他にも自己と同様被控訴人を以て犯人であると供述する者があることを耳にし愈々之を盲信し他に控訴人の妻、従業員、其の他の関係人に於て反対の証言をした者のあることを知り乍ら何等反省再思する態度に出ることなく警察官及び検察官に対し最後迄被控訴人を右の犯人に相違ない旨断定したのであつてこの点に於て控訴人は第二の過失を犯したものであり、更に又前記の如く控訴人は検察官より被控訴人の洋服、帽子、靴等を示されて質問された際原審に於ける控訴人本人の供述により明かな如く控訴人は右犯人の犯行当時着用して居た洋服は茶色のような鼠色がかつた縞の入つた背広の洋服で、靴は「チヨコレート」色で、帽子は茶色であると記憶して居たに拘らず右示された物は原審証人平松シズコ、同梅田伸一の各証言により明かな如く洋服は黒の冬服で、靴は「チヨコレート」と白の「コンビ」靴であり、帽子は焦茶色の帽子であるのを見てこれ等は何れも右犯人が犯行当時着用して居たものに相違ない旨断定したことは当時控訴人が被害者として被控訴人を犯人と誤信するの余り錯覚を起したものと認めるの外なく之亦この点に於て第三の過失を犯したものと謂はねばならない。

控訴人は被控訴人が逮捕された後被控訴人を検分させられた者の中被控訴人を犯人であると断言した者は控訴人の外二、三人もあつた位で控訴人が誤信しことに付過失はない旨主張するけれども前示認定の如く他に二、三人控訴人と同様被控訴人を以て犯人であると証言する者があつたと言うだけでは控訴人が誤信に基き被控訴人を犯人に相違ないと断定したことに過失がなかつたものと謂うことは出来ない。

控訴人は被控訴人が犯人であるとの誤信に基き被控訴人を犯人として警察官に引渡す行為が被控訴人の名誉を毀損するということを認識しなかつた。然るに右誤信に過失のない以上被控訴人を犯人として警察官に引渡すことによる被控訴人の名誉毀損につき過失の責はないと主張するけれども控訴人が被控訴人を犯人であるとの誤信に基き被控訴人を警察官に引渡したことに過失のあつたことは前段認定の通りであつて控訴人が被控訴人を犯人と誤信したとはいえ被控訴人を犯人として警察官に引渡すときは之に因り被控訴人の名誉を毀損するに至ることは当然予期すべきことであるから控訴人に於て之を認識しなかつたとするも控訴人が過失により被控訴人を犯人として警察官に引渡した以上被控訴人の名誉毀損につき過失の責を免れることは出来ない。

控訴人は被控訴人が昭和二十四年五月九日頃金十一万円を新に貯金して居たことが特に被控訴人の嫌疑を深め其の勾留を長引かせるに至つた旨主張するけれども控訴人の全立証によるも未だ之を肯認するに足る証拠はなく、却つて原審証人平松シズコの証言によれば被控訴人が金十一万円を貯金したのはそれよりずつと以前の同年二月頃であることが認められるから右控訴人の主張は理由がない。

控訴人は又被控訴人を勾留して取調べたのは警察、検察庁の職務行為であるから勾留が長引いたことに付控訴人に責任はない旨主張するに付按ずるに犯罪捜査の必要上犯罪の被疑者である被控訴人を勾留して取調べることは捜査官たる警察官及び検察官の職務行為であることは控訴人主張の通りであるが前記認定のように控訴人が真犯人と断定すべき合理的根拠のない被控訴人を過失により真犯人に相違ないと断定したことに基因し其の勾留が長引いた以上之に原因を与えた控訴人の責任を免れることは出来ないから右控訴人の主張も亦理由がない。

控訴人は更に又右新聞記事の掲載は新聞社の責任であり之によつて生じた損害に付控訴人が責任を負うべきものでない旨主張するけれども新聞社が其の使命に従い報道価値ありと思料する社会現象を探知し之を歪曲することなく新聞紙上に掲載することは正当な行為であつて右新聞記事の掲載により被控訴人の名誉を毀損するの結果を生じたのも畢竟前記のように控訴人に於て過失により被控訴人の名誉を毀損するような事態を釀成したことに基因する以上之につき控訴人に責任がないと謂うことは出来ないから右控訴人の主張も亦理由がない。

控訴人は仮に控訴人が被控訴人の名誉毀損につき認識を欠いて居たことに過失があるとしても犯人の検挙につき被害者其の他の関係人が協力することは法律秩序維持の為望ましいことであり従つて控訴人の右行為は違法性がない旨抗争するに付按ずるに犯人の検挙について被害者其の他の関係人が之に協力することの望ましいことは控訴人主張の通りであるがそれがために真犯人と認むべき合理的根拠のない者を軽々しく真犯人として捜査官に申告するが如きことは人権を無視するものであつて到底之を以て犯罪行為の被害者のなし得べき正当行為に属するものとすることの出来ないのは当然であるから右控訴人の抗弁は理由がない。

然らば控訴人は右不法行為により被控訴人の名誉を毀損したものであることは明白であると謂はねばならない。而して被控訴人に於て之がため堪え難い精神上の苦痛を蒙つたことは容易に看取し得るところである。従つて控訴人は被控訴人の右精神上の損害を賠償すべき義務あること明かである。

依て右損害賠償の方法及び数額に付按ずるに成立に争のない甲第一ないし第三号証及び乙第一号証に原審証人小川通夫、同平松シズコの各証言、原審並に当審に於ける被控訴人本人の供述を綜合すれば被控訴人は右犯罪の嫌疑を受ける以前に於ては計理士として二十数ケ所の得意先を有し又会社の顧問等をして一ケ月十万円以上の収入を得、其の所有の動産、不動産合せて約百万円相当の資産を有し社会的に相当の信用を得て居たところ前記の如く詐罪の嫌疑により勾留されたことが新聞紙上に掲載されたため一朝にして其の信用を失墜し其の顧問会社の中二、三ケ所よりは顧問の嘱託を解約せられるの結果を生し其の後半年位の間は収入も半減しただけでなく通学中の子供さえも学友より侮辱されて通学を厭うようになつた程で控訴人は其の後右の寃罪が拭はれる迄の間一時文化人としてこの上ない苦悩のどん底に陥れられたこと、及び其の後一年余して幸に右真犯人が検挙せられ被控訴人の身の潔白が証明されると共に毎日及国際両新聞紙上にこれに関する記事が掲載報道されるに及び漸次被控訴人の信用も回復し現在では従前以上の得意先を生じ営業状態も従前にも増して改善せられたことを認めることが出来る。他方何れも公文書であつて其の方式趣旨より観て当裁判所の真正に成立したものと認める乙第二ないし第五号証及び当審に於ける控訴人本人の第二回供述によれば控訴人は本件詐欺被害当時は大阪市北区小松原町で飲食店を営み、可成りの収益を挙げ当時自分で家屋を建築した程で相当の資産も有して居たが其の後ジエーン台風のため其の家屋は倒れ又右営業も追々思はしくなくなり終に右飲食店を廃業し現住家屋に於て旅館を開業したが該家屋も借財の為人手に渡り又昭和二十八年中一人息子が病気療養の為阪大病院に入院しこのため約八十万円の金員を費し現在では殆んど無資産でその上約六十万円の借財を負担し其の利息の支払にも困つて居ることが認められ他に右各認定を覆すに足る証拠はない。然らば以上認定の如き被控訴人の蒙つた苦痛の程度に双方の社会的地位、資産状態並に前記控訴人の過失の態様程度等を参酌考量するならば控訴人が被控訴人に対し右被控訴人の蒙つた精神的苦痛を慰藉するため慰藉料金十五万円を支払うを以て相当と認める。

被控訴人は謝罪広告の掲載を請求するけれども前記の如く被控訴人が其の名誉を毀損されて以来既に五年の歳月を経過し其の間右事件の真犯人が検挙されたことにより被控訴人の身の潔白が立証され又当時このことが毎日新聞及国際新聞紙上にも報道されさきに報道された被控訴人の嫌疑は寃罪であつたことが公表されたこと及現在被控訴人は従前以上に社会的信用を博して居ることより見て今更被控訴人主張のような謝罪広告の必要はないものと認めるからこの点の被控訴人の請求は失当である。

依て被控訴人の本訴請求中控訴人に対し右慰藉料金十五万円及び之に対する訴状送達の翌日であること記録上明白な昭和二十六年一月七日より右完済に至る迄民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払を求める限度に於て之を正当として認容すべく其の余は失当として棄却すべきものとする。依て之と同趣旨に出た原判決は相当であり本件控訴及び附帯控訴は孰れも理由がないから之を棄却すべきものとし民事訴訟法第三百八十四条第八十九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 朝山二郎 沢井種雄 前川透)

謝罪広告

私は貴殿をサントニン薬売買名義の下に詐欺罪を犯したものとして昭和二十四年八月十九日大阪市大淀警察署へ逮捕取調を申告した。これがため貴殿は同日より同年九月九日迄二十二日間同警察署及大阪地方検察庁に於て犯罪容疑者として取調を受け多大の御迷惑を相掛けなんとも申訳ありません。今般兵庫県芦屋市芦屋警察署に於て真犯人を検挙したので私が貴殿を犯人として疑を掛けたことは全く不明の致すところであることがわかりました。就ては貴殿が清廉潔白の人士であることを明にすると共に貴殿の名誉信用を毀損し御迷惑を相掛け申したことを謝罪するため本広告を為した次第であります

年月日

大阪市東淀川区十三西の町二丁目

川辺久光

大阪市北区梅ケ枝町五十六番地

平松従一殿

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